物は存在しない─"Pen is this"の証明 ──定義存在学は英語では証明不可能である─

Abstract

存在とは認識であり、認識されないものは存在しない。では、「存在しないもの」 を認識することは、そもそも可能なのか。 本稿では、言語を「存在を認識した結果としての形状」と捉え、言語の構造そのも のが「存在の認識の形」を決定するという立場をとる。 言語の特性は大きく二種類に分類できる。 (1)自分(主観)が存在することを前提に構築された言語/(2)自分が存在しない ことを前提に構築された言語。 この差異が、認識におけるズレを生む。 自分が存在しないと認識できる言語は「物が存在しない」という結論を受け入れる 構造を持つ一方で、自分も物も存在すると前提する言語は「存在の不在」そのものを 扱うことができない。 重要なのは、われわれが本当に存在するか否かという事実ではない。そうではなく、 「存在している/していない」と認識させる言語特性そのものが存在するという 事実である。 本論文は、英語では“Pen is this”が真にならず、日本語では“Pen is”が真と して成立するその理由を、「認識の言語構造」から導き、定義存在学(Definitional Ontology)は英語では証明され得ないことを示す。

Author's Profile

Shinichi Yoshimi
Independent Researcher

Analytics

Added to PP
2025-12-28

Downloads
58 (#120,408)

6 months
58 (#115,264)

Historical graph of downloads since first upload
This graph includes both downloads from PhilArchive and clicks on external links on PhilPapers.
How can I increase my downloads?