愛知県豊明市でスマートフォンの使用を1日2時間以内とすることを市民に促す条例が10月に施行されるなど、若者のSNSや動画の視聴時間の長さを懸念する声が高まっている。こうした中、SNSなどデジタル利用の増加が若者の精神的健康に間接的に悪影響を与えているという研究成果が、理化学研究所でまとめられた。リーダーを務めた研究者は、豊明市の条例について、「科学的なデータや知見に基づいておらず、危惧される点がある」と懸念を示し、教育現場で求められる対応として、「SNSなどで精神的健康に悪影響を受ける生徒は、その前からメンタルヘルス問題を抱えているケースが多い。学校にカウンセラーを配置するなど、きめ細かい対応が求められる」と提言している。
提言するのは、オンライン上のコミュニケーションが若者の精神的健康に与える影響について研究したチームの、ユニットリーダーを務めた理化学研究所の赤石れいさん。
同チームは、世界の34歳以下のスマホなどの使用時間が平均8.8時間におよぶとの調査結果が海外にある中、日本の若者のデジタル利用と精神的健康の関係について大規模な調査を実施。20代を中心に若年層418人を対象に、日常生活でのデジタル利用状況(時間と内容)やコミュニケーション状況(オンラインか対面かなど)、精神的な状態(幸福感や孤独感)について21日間にわたって毎日記録し続けた。
その結果、「1対1」のオンラインコミュニケーションは親しい人とのやりとりで幸福感が高まるが、SNSなど「1対多」の場合は閲覧時間が長いほど孤独感の増加につながっていることが分かった。また、「対面」のコミュニケーションは幸福感に強く影響し、「1対1」のオンラインの5倍以上の効果をもたらしていた。
さらにそれぞれのコミュニケーションの関係を調べた結果、「1対多」の時間が増えることで「対面」の交流時間が顕著に減ることから、間接的に孤独感が高まり、精神的健康に悪影響を及ぼしていることが分かった。
赤石さんはこうした研究成果を昨年12月に公表。「教育現場では、『対面』交流の時間を確保しつつ、幸福感の向上につながりやすい『1対1』のオンラインコミュニケーションを効果的に活用する方法を提案することが可能になる」と期待を示している。
継続して研究に取り組む赤石さんが、豊明市の条例をどう見ているか。同条例は、全ての市民を対象に、仕事や勉強以外の余暇時間にスマートフォンを使う時間の目安を1日2時間以内とすることを促す内容。
赤石さんは「海外での規制の流れと同様、科学的・客観的なデータや知見の裏付けなく条例がつくられている。これが前例となって、国内で裏付けなしの規制が進まないか危惧している」と懸念を示す。
赤石さんのチームの研究では、SNSなどは若年層に対していい効果・悪い効果の両方をもたらす可能性もあるといい、「スマホの使用が制限された場合に生じるリスク面が、どれだけ具体的に考慮されているのかと危うさも感じた」と語る。
その上で条例施行後の取り組みが重要だと指摘する。「条例によって、どんな効果が起こるかフォローすることが必要だ。豊明市のケースは条例による因果的な効果が分かる貴重な機会でもあり、条例ができたからいいではなく、導入の効果をきちんと検証してほしい」と強調した。
一方、研究成果を踏まえて教育現場に求められる対応についても、改めて聞いた。
赤石さんは過去の研究も踏まえ、「SNSなどの使用とメンタルヘルス問題が重なるケースでは、すでにメンタルヘルス問題が先行して起きていることが多い印象がある」と指摘する。つまり若者がもともと抱えていたメンタルヘルスの問題がSNSなどでさらに悪化すると考えられるという。
日本でも海外でも、状態が悪くなっている子の方がスマホなどの使用時間が長くなる傾向があるといい、「スマホやSNSのみを問題にするのは、本質的な問題への対処としては不十分だ」と指摘する。
さらに、「1対多」のオンラインコミュニケーションでは、女子の方がより強く悪影響を受ける結果も示されているという。
こうした状況も踏まえて赤石さんは学校現場に対し、「メンタルヘルスや家庭環境、学校の中で問題が起きやすいリスクの高い生徒に特に注意し、スマホ使用の相談に乗るなどきめ細かく対応することが必要だ」と提言する。
ただし、教員だけでは手が回らないことを考慮して、「知識のあるカウンセラーを学校ごとに配置して、対応するのが望ましい。さらに家庭や学校、地域も含めて子どもの発達する環境づくりを考えるべきだ」と強調した。