「地域を教育で盛り上げよう」「教育を楽しもう」と訴えるのは、デビュー作『教師は学校をあきらめない! 現場発信 子どもたちを幸せにする教育哲学』でアマゾンランキング1位を獲得した、愛知県公立中学校の熊谷雅之教諭だ。「オモロー授業発表会全国フェス」副実行委員長としても活躍する同教諭に、インタビューの第1回では、地域のつながりを重視する理由や、著書刊行に至る経緯などを聞いた。(全2回)
――山梨県で先月開催された「オモロー授業発表会」で、「オモロー哲学対話」をテーマに発表されていましたね。発表会は早くに満員に達し、大盛況だったとか。
そうですね。たくさんの先生や保護者の方、教員志望の学生さんたちが集まってくださいました。
この会は元々、1月にこの「先を生きる」で取り上げられていた久本和明さんを含めた数人が発起人になって、「映画『夢みる小学校』に出てくるようなすごい先生は地元の学校にも必ずいる。そういう先生たちがどんどん声を出せる場を作っていったら面白いのではないか」というところからスタートしました。
僕もかなり初期の段階から関わらせてもらっています。2023年にあった東京開催の1回目にも登壇しました。会が終わった後、「自分の町でも主催してみたいという方はいますか」と投げ掛けたら、何人もの人が手を挙げてくれました。それがずっと続いていて、今に至ります。
――今月だけでも、全国11カ所での実施が決まっていますね。夏には初めて全国規模での開催をされるとか。
そうなのです。全国から2500人を集めて、「オモロー授業発表会全国フェス」を今年8月23日に名古屋市で開催する予定です。僕はその副実行委員長という、いわばナンバー2の役割をさせてもらっています。
オモロー授業発表会はこれまで、北海道から沖縄まで、全国各地で100回程度開かれてきました。ここで一度、これまでの活動の総集編のような形で名古屋市に集まってもらって、面白い授業や実践の発表会をやるというのが、今計画されていることです。これが終わりではなく、ここで勢いを加速させて、さらに開催地が広がっていくよう、新しいスタートを切るという意味合いの大会です。
開催に向けたクラウドファンディングをしたら、目標額150万円のところ、約260万円の支援金が集まりました。全国的な活動になっていると感じます。
――クラウドファンディングの応援コメントを読みました。どれも期待や希望にあふれていて、すてきだなと感じています。
本当にありがたいです。これまでの会でも、地域の方から「こんなにすてきな先生たちがいると思いませんでした」といったコメントが寄せられたり、先生たちから「こんなに自由にいろいろやってよかったんだ」という声をたくさんいただいたりしています。
僕は、この会の一番の魅力というか特徴は、保護者や地域の方が主催してくださることだと思います。
――教員が主催して、参加者のほとんどが教育関係者という会は多いですが、そこにはない魅力なのですね。
そうなのです。今までは、教員と保護者、そして教員と地域の方が、ごちゃ混ぜになってフラットに、本音を話し合う場があまりなかったように思います。だからニュースなどで教員の不祥事が報じられるたびに、世間からの教員への不信感は強くなっていく一方でしたし、多くの誤解が生まれていました。
「先生はろくなものではない」「公立の先生はだめだよね」。そんな声を聴くたびに、不祥事を起こす教師の裏には、何百人ものがんばっている教員がいることを伝えたいと思っていました。
ただ、僕たち教員には、守秘義務があるし、公務員の質を下げるような発言にならないよう気を遣わねばならず、また執筆や講演には管理職の許可もいるということで、なかなか声を上げることもできませんでした。
しかし、オモロー授業発表会は、教師も一人の人間として参加できるし、「わっかトーク」と名付けた対話を重視しているので、お互いの思いを共有し、共に地域の宝である子どもたちを育てる仲間だということが確認できます。
地域の方からの応援の声も、ダイレクトに受け取ることができるので、それが大きなパワーになっていくのだと思いますね。

――今はオンラインで世界のどこにいても参加できるとか、教員のオンラインサロンで刺激をもらうといったお話を聞くことが増えていますが、あえて地元で開くというのは、そういう狙いがあるからなのですね。
身近に感じられるものが、最後に残っていくのだと思います。だから本当に大事にしないといけないのは地域、今自分がいる場所だと思っています。こういう時代だからこそ、半径数メートルぐらいの先生たちと、手を取り合って進んでいきたいと思っています。
今、地元で「教師探究ラボBASE」という学習会を主催しています。「三河を教育で盛り上げよう」「三河の教育を楽しもう」ということで、オモローの方では大きい花火をバーンと打ち上げつつ、こちらでは地道に着実に、地元へ還元するというものです。
転勤すると最初のうちは職員室にしゃべれる人がいなくて寂しいですよね。他にも、いきなり新しい仕事を任されて職場の人にも教えてもらえないとか、職員室の雰囲気がよくないとかいうことがあります。それでうつになったりして休んでしまう先生もいます。
職員室でもオンラインでもないサードプレイス的な場所にしていけたらいいなと思っています。
校長先生や教育委員会も快く許可を出してくれて、兼職兼業願も承認してもらっています。若手を応援しようという管理職の先生や教育委員会の方の温かい思いにすごく感謝しています。
――講師にはどんな方々を招いているのですか。
僕が本やSNSを通じて個人的につながった先生方です。Canva認定教育アンバサダーの先生とか、探究に詳しい先生とか、学級経営のスペシャリストとか、テーマによってさまざまです。僕との信頼関係だけで遠くから来てくれるので、本当に感謝していますし、人とのつながりは人生の宝物だと実感しています。
勤務校でも、僕は研究主任をやらせていただいていて、月に1回「ミニ現研(現職研修)」という会を開いています。対話をベースに研修するという会で、これをずっとやり続けているのです。
今年度の夏には、教育新聞のオピニオン欄で執筆されている庄子寛之さんに、現職研修の講師として来ていただきましたし、昨年度には、著書『対話でみんながまとまる! たいち先生のクラス会議』などで有名な深見太一さんにも来ていただきました。
――執筆活動では、一作目として『教師は学校をあきらめない! 現場発信 子どもたちを幸せにする教育哲学』を刊行されましたね。出版社のコンクールで大賞を受賞し、出版に至ったとか。私も拝読し、熊谷さんの「今これを書かなければ」という迫る気持ちを感じました。
そう、これは僕がものすごく尊敬している先輩教員が、40歳という若さで亡くなった時に書き始めたのですよ。
僕は長年野球部で顧問をやっていて、その先生は同じ市の別の中学校で、野球部の顧問をされていました。「部活動の指導はこうやってやるんだよ」「『自分のチームだけがよければいい』じゃないんだ! わが町の子どもたちをみんなで育てるんだ」といったことを教えてくれた先生で、実際に試合になれば、対戦相手である僕のチームの子に付きっきりで指導をしてくれたこともたびたびあります。教員の仕事にものすごく誇りを持っていました。
その先輩が、まだまだ子どもたちの前に立ちたいと願いながら、病気で亡くなってしまいました。お葬式に行って、当たり前ですがもう動かない先輩の姿に、ただただ泣きました。
お葬式には多くの教え子が参列していて、会場には入りきらないほど人が詰めかけ、外にまで行列ができていました。全国的には無名の教員であったかもしれないけれど、本当に多くの人の心に、温かい火をともし続けた人生だったのだなと感じました。
教師一人が本気で生きることで与えられる影響力の可能性を、まざまざと見せつけられる思いでした。
僕も教師という素晴らしい仕事の魅力を伝えるために、自分にできることをしようと思いました。僕は動ける、しゃべれる、書ける。だったら、文句や愚痴を言う前に、先生という仕事の素晴らしさ、そして同僚の先生たちが本当に必死に頑張っているこの姿を、なんとか伝えたいと思って、本を書きました。

【プロフィール】
熊谷雅之(くまがい・まさゆき) 愛知県豊川市立中学校社会科教諭。「子どもの幸せを第一に考えた教育の実践」「現場で奮闘する先生方と共に楽しく働くこと」を目指し、執筆や講演などを重ねている。自治体の教育論文コンクール最優秀賞、幻冬舎ルネッサンス新社主催の出版コンクール大賞を受賞。「#教師のバトン」プロジェクト文部科学省認定教員。著書に『「聴く力」「伝える力」を高めて先生を楽しむ秘訣 ウェルビーイングな教師の「コミュ力」高い働き方』など。