フィンランドで10年以上、いわゆる障害のある子への支援や福祉に関して広く研究を重ねる矢田明恵さん。インタビュー後編では、同国でインクルーシブ教育の推進により増加したとされる不登校の現状や、同国との比較で見る日本の学校教育の良さと今後の展望などを聞いた。
――教育先進国と称されるフィンランドも、さまざまな試行錯誤を繰り返しているということでした。インクルーシブ教育の推進による新たな課題もあるのでしょうか。
今までフィンランドであまり見られなかった不登校が増加していて、原因の一端はインクルーシブ教育にあると言われます。インクルーシブ教育を推進したことで、クラスの多様性が増し、教員が対応しきれていないことや、適切な支援が行われていないことが背景にあると考えられています。
――フィンランドで不登校が増えているというのは意外です。
世界的に見ても不登校の数は増えてきていますね。とはいえ、それでも日本は突出して多く、「不登校先進国」という、うれしくない呼ばれ方をすることがあります。だから私も、「日本から来た」と言うと、不登校の研究をしている外国人から「日本は昔から対応しているから、何かよい対応方法を知っているのでは」と言われることもあります。
フィンランドでも近年、不登校が本当に増えてきていて、大きく問題視されています。フィンランド人で不登校の研究をしている友人に話を聞くと、選択的不登校の子供が増えているということもあるようです。つまり、家にいてもオンラインでいろいろな学習方法があるから、「自分に合った学習手段を選びたい」というポジティブな理由で、不登校になっているということです。他にもゲームやスマホへの依存で不登校という子もいます。
そうしたさまざまな要因がある中の一つとして、インクルーシブ教育の推進が指摘されているのです。フィンランドでは特別支援学校をどんどん閉鎖していて、これまで特別支援学校に来ていたお子さんは、地域の学校に入学して特別支援学級に入るようになってきています。そして、日本で言う軽度のお子さんは、主に通常学級で見ていこうという流れになりました。
そうなってくると、いくら特別支援教員がいて、スクールサイコロジストにも相談できるとはいえ、やっぱり通常学級の中のダイバーシティが上がってきて、先生も対応しきれないでいます。
また、移民の増加という背景もあります。フィンランドはヨーロッパでは移民の数が少ない方ですが、それでも10%以上 に上っていて、新たな課題が生じているのです。
というのは、フィンランド語は世界的に見ても難しい言語で、移民のお子さんはフィンランド語を話せないことがほとんどです。だから通常学級では、他言語の子の対応をしなければならないケースが増えていて、しかも特別な支援を要する子への対応もあるので、先生の手が回りきらず、不登校になるお子さんが出てきているという状況です。

――不登校への対策は、フィンランドでも試行錯誤の真っただ中ということですね。フィンランド語は難しい言語とのことですが、矢田さんはどうやってフィンランド語を勉強されたのでしょうか。
実は私は、フィンランド語は全然ダメなんです。オランダや他の北欧諸国もそうですが、大学で働いている場合、業務は全て英語で通用します。フィンランド語はフィンランド人の550万人しかしゃべらない、かなりニッチな言語です。だから、ヨーロッパや世界各国とのビジネスでは英語を使うので、みんなすごく英語が上手なんです。
私が働いている大学でも、皆さん英語がペラペラですし、論文も英語で書きます。英語がしゃべれれば困らないので、私は10年住んでいますが、フィンランド語は日常会話ぐらいしかできないんです。
――大学で働いているということで、どんな仕事をされているのでしょうか。
今はポスドク研究員という形で、4~5年前に博士号を取ってから、研究員として働いています。所属はユヴァスキュラ大学とトゥルク大学の「Centre of Excellence for Learning Dynamics and Intervention Research」というところで、日本で言うと学習障害、こちらでは「障害」という表現を使わないようにしているので「学習困難」になりますが、そういうお子さんへのIntervention(介入)をしたり、5年間などのスパンで時系列的に子どもや保護者、先生から得たデータを基に、学習障害に関連している要因を見つけ出すというプロジェクトのリサーチをしたりしています。
――お子さんがフィンランドの小学校に通っているというお話でしたね。
はい。上の子は小学生で、下の子は保育園です。2人ともこちらで生まれて、9カ月から保育園に入れているので、完璧に現地の言葉で生活している感じです。
――フィンランドでは保育園のサポートが手厚く、朝食も出してくれると聞きました。
それはフィンランド人の生活スタイルも関係があると思います。フィンランド人は朝早くから働き始めて、その代わり午後3~4時くらいで仕事を終えるんです。だから保育園にも朝7時半くらいに連れて行くので、子供たちは保育園で朝食を食べて、それから活動するということが多いと思うんです。
ただ、私は朝食を家で取らないというのに慣れなくて、家でご飯を食べてから出かけるというスタイルを崩すのが難しかったので、家で朝食をとって、8時過ぎくらいに保育園へ連れて行きます。その時には他の子たちも食べ終わっているので、一緒に活動ができるという感じですね。
――矢田さんは10年ほど前にフィンランドに移住されたということで、どのような経緯があったのでしょうか。
私は大学で教育学を専攻して、小学校の教員免許を取ったんです。でも、発達障害や学習障害にも興味を持つようになり、教育実習やボランティアを通じて心理学に転向すると決め、心理の大学院に進みました。その頃から海外の教育や福祉について知りたいと思うようになったのですが、臨床心理士の資格を取ったので現場で働いてみたいというのと、大学院まで親に学費を出してもらったので、海外に行くお金は自分でためようということで、6~7年、日本で心理士として仕事をしました。
その後、やっぱり海外に出てみたいと思い、どこに行くかを考えていたのですが、夫も同じような考えを持っていて、フィンランドに行きたいと言っていたので、「福祉が充実していて、教育でも注目をされているので、フィンランドはいいかもしれない」と思って決めたという感じです。

――日本とフィンランドの両国で教育や福祉の現場を知る矢田さんから見て、日本は今後、インクルーシブ教育をどのように進めていくのがよいでしょうか。
そうですね。すごく難しいんですが、フィンランドに来て思うのは「日本の先生はすごい」ということです。日本の先生はいろいろな雑務をやりながらも、子供に教えるという情熱をもって続けている人がすごく多いじゃないですか。
フィンランドはそもそも教育学部に入るのが非常に難しく、先生になること自体がとても大変で、レベルが高く、さまざまな専門職からサポートもされています。ですが、熱量とか、教員という職業への思いの熱さということで言うと、日本の先生の方が上だと感じます。
日本の先生はこんなに大変なのに、子供が好きで、教育が大事だと思ってやっている。専門性やスキルだって高いと思います。
だから、どうやってインクルーシブ教育を進めるかということよりも、先生が自信を持って教育に取り組めるように、国や社会全体が意識の転換をするというのが必要だと思うんです。
それに、日本は今、特別支援学校の数をどんどん増やしている状況で、文部科学省は「特別支援学校にセンター的機能を」とずっと言ってはいますが、なかなか動いていないという印象です。
フィンランドでは、特別支援学校をどんどん閉鎖していますが、全国に6カ所ある国立の特別支援学校は残しています。通っているお子さんもいますが、メインの役割は普通校のコンサルテーションです。
特別支援の専門家として配置されている特別支援学校の先生のほか、理学療法士や作業療法士、心理士が集まっていて、その専門家たちが地域の学校に行き、先生たちに「困っていることはないですか」という形でコンサルテーションをしているんです。
日本でも、特別支援学校には日本ならではのきめ細かな支援の経験と知識が蓄積されています。それを、地域の学校に通う、特別な支援を必要とする子たちにも生かされる仕組みづくりが進められるとよいのではないかと思います。
――矢田さんはフィンランドで、保護者としても学校を見ていますよね。その視点ではいかがですか。
日本の学校に関しては、保護者が意識を変えて、先生を大変にしているものを軽くできるよう、受け入れなければいけないと思います。
日本でも行事の縮小とか、部活動の地域移行といった流れにありますが、フィンランドはもちろん部活動なんてないですし、学校行事もほとんどないです。入学式もなく、初日から学校に連れて行ってすぐに授業が始まる感じです。始業式もなく、終業式に当たる日は子供たちが集まって出し物をするというのはあるんですが、先生の負担にならない程度のパーティーみたいなものがあるぐらいです。
それに、私は不登校傾向にある子たちの支援をずっとしていて、そういう子たちにとって一番の負担になるのが運動会や入学式、卒業式だというのを実感しています。1~2週間前くらいからお腹が痛くなるなどして、出られないと自信を喪失し、自己肯定感を下げていくわけです。
本当は学校に来ているだけで十分偉いのですが、行事に出るのが普通だという意識が日本にはあるので、プレッシャーを感じてしまう子が大半です。だから保護者は、「お兄ちゃんのときに運動会で感動したから、弟のときも」などと思わず、教育現場を変えることに寄与するかどうか、先生たちの負担を軽くできるかという観点で、今まであった教育を当たり前とせず、要らないものは捨てていくという意識転換が必要だと思います。
【プロフィール】
矢田明恵(やだ・あきえ) 公認心理師。青山学院大学博士前期課程修了。フィンランド・ユヴァスキュラ大学博士課程修了、Ph.D. (Education)。日本で臨床心理士として療育センター、小児精神科クリニック、小学校などにて6年間勤務。主に特別な支援を要する子供とその保護者および教員のカウンセリングやコンサルテーションに従事。夫と2013年にフィンランドに渡航。現在、ユヴァスキュラ大学およびトゥルク大学Centre of Excellence for Learning Dynamics and Intervention Research (InterLearn) ポスドク研究員、東洋大学国際共生社会研究センター客員研究員。