今年9月8日、フランス国民教育省から興味深い発信があった。タイトルは「画面と共に成長する(Bien grandir avec les écrans)」。乳幼児期から成人年齢の18歳まで、子どもと「画面(les écrans)」の関係がどのようにあるべきかを、国として示したガイドラインだ。

この「画面」とは、スマートフォンやタブレット、ゲーム機、パソコンなどを指す。スクリーンで操作するデジタル機器、かつインターネット接続の可能なものだ。現代ではこれらの機器は余暇だけでなく、公共サービスや仕事の場でも多く活用され、もはや「なし」には日常生活が成り立たなくなりつつある。その使用法・活用法を学ぶデジタル教育は多くの先進国で重視されており、フランスもしかり。筆者が住む県では、中学校の生徒全員にノートパソコンを無償貸与している。
そんなフランスで国民教育省が発するならば、公教育における「デジタル機器の使用法・活用法の学習」に焦点を当てたガイドラインなのだろう――。そう思いながら該当のウェブページを開いて、驚いた。冒頭に置かれたのは、学校の外の場面での「基本的ルール」、しかも禁止事項のみが列挙されていたからだ。
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「全年齢の基本的ルール」
子どもが良い習慣を身に付けるために
・登校前に「画面」はなし
・食事中に「画面」はなし
・子ども部屋に「画面」はなし
・寝る前に「画面」はなし
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フランス国民教育省のデジタル機器ガイドラインは、なぜ校外の時間を対象に、「禁止」から始まっているのだろう。その理由と経緯を、指針の内容とともに見ていこう。
通例として、フランスの省庁が新しい政策やガイドラインを発する際には、先んじて専門家委員会による報告・提言書が作成される。課題の経緯と現状を把握し、構造を確認した上で、必要な対策の合意を形成するためだ。このデジタル画面ガイドラインでも、同様のステップが踏まれた。
報告・提言書の作成は2024年1月、エマニュエル・マクロン大統領の命令で始まった。背景にはコロナ禍のロックダウン以降、児童生徒のデジタル機器の使用増加、それらデジタル機器を介してのサイバーハラスメントの深刻化や、ソーシャルメディアによる社会不安の増大があった。
大統領は「子どもたちのデジタル画面への暴露(ばくろ)に関連する課題を評価し、提言を策定する」とのミッションを、専門家委員会に委託。神経学者セルヴァン・ムートン氏と依存症専門の精神科医アミン・ベンヤミナ氏を共同委員長に据え、疫学者、発達心理学者、欧州議会のデジタル教育局長、インターネットの私法学者、ネット上の未成年保護システムサービスの起業者など、計10人で委員会が組織された。
委員会は有識者100人と青少年150人ほどにヒアリングを行い、3カ月後の同年4月、「子どもとデジタル画面 失われた時を求めて」と題する報告・提言書を提出した。

報告書ではまず、国内の世帯でデジタル機器が多く保有されている事実を指摘(1世帯のデジタル画面機器の平均保有数は10台)。次いで、それらデジタル画面の多用が青少年に及ぼす悪影響について、科学者たちの共通認識を挙げた。
直接関連があるものとしては、睡眠不足、運動不足、肥満、視力の問題。「デジタル依存症」の概念はまだ科学的に認められていないが、ソーシャルメディアは児童生徒の不安や抑うつを増長するリスク要因となり得る。神経発達面への影響は、さらなる研究が必要とした。
報告書では同時に、デジタル機器への無制限アクセスや、ポルノ・暴力などのコンテンツへの暴露、アルゴリズムによるフィルターバブルの悪影響を指摘。対策として6本柱・29項目の提言を掲げ、国のさらなるアクションやデジタル事業者との対話、親子への教育の強化などを打ち出した。
この提言を受け、国民教育省が25年9月に発表したのが、「デジタル画面と共に成長する」ガイドライン、というわけだ。
国民教育省のウェブサイトで公開されたガイドラインは、前述のように、デジタル画面を排除すべき4つの生活場面から始まる。その後、指針の本文の前にさらに、「デジタル以外」の活動を推奨する旨が書かれている。
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全ての年齢層で、身近な人々や環境との直接的な交流は不可欠です。デジタル画面を使用しない活動は、子どもたちの成長と発達を促します。
・スポーツ、文化、創造的な活動(絵画、文章、工作)
・読書
・遊び(ボードゲームやブロック遊び)
学校では、デジタル機器の使用は常に段階的に、指導者の監督下で、教育活動に組み込まれ、健康に関する推奨事項に準拠して行われます。心理社会的スキル(共感、コミュニケーション、感情の認識)の発達は、バランスの取れた、かつ責任あるデジタル機器の使用に役立ちます。
(太字は原文ママ)
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その上で、公教育の年齢区分を考慮しつつ、デジタル画面機器の使用推奨基準を示した。
・3歳未満(義務教育開始前):【禁止】
禁止の理由を「発達を阻害するから」と明示。これは25年1月から、生後すぐに配布される健康手帳(フランスでは母子手帳が母と子に分かれている)にも記載されている。同時期からフランス国内の保育施設でも、乳幼児向けの保育活動でデジタル画面を見せることができなくなった。
・3~6歳(保育学校・小学1年生):【非推奨、教育的コンテンツを成人同伴で】
この年齢では禁止ではないものの、推奨はされない。学校では5歳から、ごくまれであるが、グループ活動でテーブル型画面を使うこともありうる。
・6歳~9歳(小学校低学年):【限定的、ルールに従って】
大人の同伴のもと、ルールに従っての使用が可能となる。子どもが自分専用の機器を持つこと、一人でインターネットに接続することは禁止。小学校でも同様のルールで、教員とともにマルチメディアコンテンツを見始める。
・9歳~12歳(小学校高学年から中学1年生):【控えめに、ルールに従って】
個人情報保護や過剰暴露のリスクを説明し、ソーシャルメディアやAIサービスの使用は禁止しつつ、大人の監督のもとでインターネットの使用を始める。子どもにはまだ、自分専用の機器を持たせない。公教育の授業でもグループワークなどで、デジタル機器の本格的な使用が始まるが、スマートフォンなど個人機器は持ち込み不可。24年9月からは、全国の中学校でスマートフォンの持ち込みが禁止され、通学に必要な場合は授業開始前に鍵付きロッカーに預けるなどの対策が取られている。
・12歳〜15歳(中学2年生〜4年生):【自律して、ペアレンタルコントロールとともに】
自治体によっては生徒個人用のノートパソコンの貸与が始まり、子どもたちが自分専用の機器を使用することが念頭に置かれる。公立学校でも、児童生徒は学校別の連絡帳アプリに個人アカウントを持ち、そこに自分で接続して、課題や時間割を確認するようになる。アルゴリズムの仕組みやサイバーセキュリティー、個人情報保護を学び、インターネットの使用を本格的に学ぶ。
・15歳〜18歳(高校1年生〜3年生):【完全な自律に向けて】
成人年齢の18歳に向け、デジタルの世界でも「市民権を行使できるように」、自律に必要な学びを深める。具体的には、事実と個人の意見を分け、批判精神を持ち、責任を持ってソーシャルメディアを使いこなす。この期間、高校ではAIの使用やデジタル・ポートフォリオの作成にも取り組む。スマートフォンやタブレット、パソコンの使用は、校則に準じて可能とされる。
日本の読者からご覧になって、このガイドラインはいかがだろう。厳し過ぎるだろうか。非現実的なように映るだろうか。
フランスで子育てをしてきた筆者は、幼年期の子どもからデジタル機器を遠ざけるハードルの高さにうなる一方で(筆者がかつてワンオペ状態で家事をするとき、タブレットはお助けアイテムだった)、大きな安堵(あんど)感を覚えた。
現代っ子の例に漏れず、わが家の子どもたちもデジタル画面機器に没入するタイプで、かつ実際に、その悪影響が生活面や学習面で感じられてきた。筆者自身このガイドラインが出る前から、ペアレンタルコントロールを駆使して、子どもたちのデジタル機器の使用制限に苦心してきたからだ。
もう親だけで、デジタル機器の弊害に悩み、悪戦苦闘しなくてもいい。繰り返し使用を求め、親の目をあの手この手でかいくぐるデジタルネーティブの子どもたちに、公安警察のように向き合わなくていい。使用制限を課すにあたり「理解がないから?」「感覚が古いから?」「厳し過ぎる?」と罪悪感にさいなまれることもない。使用制限の必要を、エビデンスに基づいた理由とともに、国が示したのだ。その上でこれからは、「使用を制限しながら、スキルを身に付けさせる」という難易度の高い指導を、公教育がともにしてくれる……。ホッとすると同時に、もっと早くそうしてほしかった、との思いもある。
この「親の責任」については、ガイドラインの元となった報告書にも記載があった。その一説は、デジタル機器に囲まれた現代社会で子育てする親として、強くうなずくばかりだった。子どもたちの健全な成長のために親を孤立させない、フランスの子育て支援の象徴的な例と感じた。要約・引用して、本項の結びとしたい。
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デジタル画面の使用を巡る子どもたちの変化や逸脱について、親だけが責任を負うことはできないと、委員会は考える。親の責任以外にも多くの要因があり、この報告書で示したさまざまな提案は、それらの要因に作用することを目指している。
しかし親は教育者としても、子どもたちの保護者としても、重要な役割を担っている。子どもたちのデジタル画面利用を健全に保つため、親は唯一の手段ではないが、重要な要素の一つである。
親たち、特にこれから親となる人々に対して、デジタル技術の位置付けについて、できるだけ早い段階で支援を行うことが必要だ。親たちは継続的に、特に子どもの幼年期や思春期の「重要な段階」において、デジタル機器の使用に関する支援を受けるべきである。
――(出典)「失われた時を求めて」報告書、24年4月、117ページより
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※本文中の引用箇所は全て筆者訳による。
【プロフィール】
髙崎順子(たかさき・じゅんこ) 1974年東京都生まれ、埼玉県育ち。東京大学文学部を卒業後、出版社で雑誌編集者として勤務したのち2000年に渡仏。フランスの社会と文化について幅広い題材で取材・執筆を行う。得意分野は子育て環境、食文化、観光など。日本の各種メディアをはじめ、行政や民間企業における日仏間の視察・交流事業にも携わっている。自治体や教育機関、企業での講演歴多数。主な著書に『フランスはどう少子化を克服したか』(新潮新書、2016年)、『休暇のマネジメント 28連休を実現するための仕組みと働き方』(KADOKAWA、2023年)など。